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今日のメモ帳

言葉遊び?


上の熟語、「おうしょう」と読みます。
全く馴染みの無い言葉です。
左の「鞅(おう)」の意味は、牛馬の首につけた革ヒモの意です。
現代で言えば、犬の散歩の時の首ヒモの意味でも良いかと
思います。
右の「掌(しょう)」は、手のひらを意味します。
こちらは馴染みのある漢字です。

それがどうした?結局「鞅掌」の意味は何なの?

意味は「忙しい」なのですが、
なかなか味わい深い漢字だと思いませんか?

手のひらの中の革ヒモは、しっかり握っていないと、
馬や犬が逃げてどっかに行ってしまいます。
「手が離せないくらい、忙しい」のです。(^o^)

中村春吉という男④

③のつづき

春吉(はるきち)のきな臭いエピソード、
それは、春吉がインドを周遊中に、黒ヒョウに遭遇しましたが、
殴り殺してその肉を食糧にしたとか、
ハイエナ親子に遭遇し、親ハイエナを殺して、
子供のハイエナを生け捕りにし、大使館を通じて
日本に送ったとか。
そのハイエナは東京上野動物園にて
飼われてた記録が現に残っているそうです。
ん~本当かな~??というエピソードですが。。

世界一周を達成し、帰国後は、講演会で荒稼ぎ!
当時の日本人には外国の様子はほとんど分かりませんから、
春吉の経験談は珍しく興味深い事だったでしょう。

その後は、日露戦争前後の社会情勢にも関わらず、
満州・朝鮮半島と日本を度々行き来した為、
軍事スパイ疑惑も持ち上がったそうです。
本人は満更でも無いと否定も肯定もしなかったようで、
実にセルフプロデュースが巧いです。

晩年は霊能力者になり、故郷の御手洗町で過ごしたとか。
ん~実にクセの強い御方です。(*_*)

御手洗町には春吉の展示のある博物館もあります。
しまなみの美しい町です。寄ってみて下さい。

御手洗町 伝統的建造物群保存地区

中村春吉という男③

②のつづき

英語が堪能な春吉(はるきち)は、
ハワイから数年で帰国後に日本で英語塾を経営し、
かなりの生徒数を抱えていたようです。
そこで稼いだお金で自転車を購入し、
無銭世界一周旅行へ旅立ちます。この時春吉31歳。

当時、一文無しで各地を放浪している人は、
そう珍しくなかったそうですが、世界一周となると話は別。
どうしても言葉の壁が立ち塞がります。
今でこそ海外旅行が珍しくない時代となりましたが、
明治初期の日本は、最近まで鎖国をしていた国です。
海を渡り異国に行くという発想はなかなか無かったでしょう。
しかしながら、春吉が育ったのは瀬戸内海の小島ですから、
船で海を渡ったりする事に殆ど抵抗が無かったのかもしれません。
古来より朝鮮通信使が行き来していた航路でもありますから、
大陸からの人々に接する機会も多かったのではないでしょうか。

ここまでは、「へぇ~凄い男がおったんやな~」という話ですが、
春吉が大陸に渡ってからのエピソードが
少しきな臭いのです。

つづく

中村春吉という男②

①のつづき

中村春吉は、一銭も持たずに自転車で世界一周した男として
有名です。
春吉が生きた明治初期は、
自転車(アメリカ製)はとても高価な代物で、
新品なら今のお金で300万円近くしたとか。

そんな大金をどうやって稼いだのか?!
実家が資産家だったのか?!そうではありません。
実は春吉は20代前半にハワイに移住した事があり、
英語がペラペラだったのです。
ここら辺のキャリアが既に凄いです。明治初期ですからね。。
そして日本に帰国後、開いた英語塾が大盛況!
そこで稼いだお金で自転車を買ったのです。

つづく

中村春吉という男①

中村春吉(はるきち)は、明治4年に御手洗町という
瀬戸内海に浮かぶ美しい島に生まれました。
この方、なんと、一銭もお金を持たず世界一周旅行をした男として
有名です。移動手段は自転車です。
海を渡るのは当然船ですが、
船内で働いた対価として乗せてもらったそうです。
幼い頃から放浪癖があったようですが、
この「一銭も金を持たず」というのはなぜか?
春吉曰く、「恐らく世界で誰も成し遂げた事ないだろうから、
ワシが世界初じゃ!」という事だそうです。
恐らく、自転車では世界初かも知れませんが、
徒歩で世界一周なら過去にいるのでは?と思ってしまいます。。

つづく

西暦3000年の日本の人口

11月になり、2019年も残すところ2ヶ月となりました。
来年2020年は日本でオリンピックが開催されます。

少子高齢化が進み、日本の人口は右肩下がりです。
2025年には、65歳以上の人口は全体の半数を占めると言われます。
2055年には、それが65%にまで膨れ上がります。
そして人口は既に1億人を切っています。
そしてそして、この出生率のペースで西暦3000年まで行けば、
なんと、日本の人口は1000人!と予測されています。

またまた~ご冗談を、と思われるでしょう。(^^;)
一体誰が予測してんのよ?
厚生労働省の一機関である「国立人口問題研究所」の予測です。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/20123205.pdf
(上のリンクの400ページ)

いや~、980年も先の話ですからねえ。
それまでにナントカ。。

国境警備と犬

上の漢字は、「ジュ」と読みます。
大まかな意味は、「守る」です。
詳しい意味は、「武装して国境を守る」という意味です。
「守備兵の陣営」という意味もあります。
続きまして、、、下の漢字は、、

「ジュツ」と読み、干支の「いぬ(犬)」を意味します。

どちらの漢字も馴染みはありませんね。
干支の「いぬ(犬)」も12年に1度ですし。

それぞれ意味は全く異なりますが、
音読みは「ジュ」と「ジュツ」で似ています。
なぜこんなに紛らわしいデザインにしたのか。。
ひょっとしたら、いぬ「犬」は番犬ですから、
「守る」という意味と近づけたのかも知れません。
あくまでこれは私の推測です。(^o^)

さらに「戊」と「戉」も紛らわしいですが、
ここらへんでやめておきますね。

墾田永年私財法⑤

④の続き

墾田永年私財法によって、「武士」が現れました。
武士は、最初は田んぼの警備員だったのです。

墾田永年私財法を改めて見てみると、
民衆に無償で土地を与える画期的な法律ですが、
田んぼを荒れ地から開墾するには、大変な苦行である事が分かりました。
そして、水を巡る争い。
現代では蛇口を捻れば飲み水が止めどなく出てきますが、
こんな幸せな事はありません。

現代の日本では、耕作放棄地や所有者不明の土地を
全て合わせると、九州の面積に匹敵すると言われています。
かつてご先祖様が一生懸命に耕した土地が、
大量に余っている状態なのです。
墾田永年私財法をよく見てみると、
先人の偉大さがよく分かり、申し訳無くも思うのです。(*_*)

墾田永年私財法④

③の続き

墾田永年私財法は、水の利権を巡って、
人間同士の争いにも勝たなければなりません。
力無き者は、水を得る為に雨乞いをするか、
水を汲んで数キロ歩くはめになるのです。
これは現代の国際社会にも通じる事です。

そして、水を汲んでやっとこさ自分の田んぼに戻ったら、
荒くれ者が「良い田んぼを見つけたゼェ~、
今日からここは俺様の土地だぁ~」と
横取りしているかもしれないのです!
人生を懸けて耕した田んぼをそう簡単に奪われては
たまったものじゃありません。

そこで、人々は自分の田んぼの警備をする為に、
腕っぷしの良い男達を雇い、見張りを頼みます。
これが「武士」のはじまりと言われています。

つづく

 

墾田永年私財法③

②の続き

墾田永年私財法は、いざ田んぼを作る前に、
農業用水の事を考えておかなければなりません。
田んぼにしろ畑にしろ、完成後には水が必要です。
田んぼは出来たが、水を汲みに行くのに数キロ先では、
とても効率が悪いです。
そうです、候補地の選定が超重要なのです!
じゃあ、川や湧き水の近くで耕せばいいねって事に
なるのですが、
そういう良い場所には、「荒くれ者」が居座っているのです!

つづく