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今日のメモ帳

大黒屋光太夫という男③

②のつづき

仲間が次々と死に、
半数となった光太夫(こうだゆう)らは、
難破した船の材料や流木で船を作り、
アムチトカ島の脱出を試みました。
いつしか先住民やロシア人を束ねるリーダーとして
船を作る事4年!
そりゃ、金槌やノコギリ、釘やカンナすら
無かったでしょうから、
定員10名ほどの大海原を渡れる船を作るなんて、
大変な作業だったと思います。

そして、やっとの思いでアムチトカ島を脱出し、
向かった先は、
カムチャツカ半島の
ニジニカムチャツカという所でした。

「え、そのまま日本に戻らんの??」

ここは推測ですが、
ロシア人の商人も、母国ロシアに戻りたかったから、
光太夫らを必死に説得したのだと思います。
「俺を置いていかないでくれ!」と。
「オマエら、大切な年貢米を失くしておいて、
日本に帰って歓迎されると思うんか?!」と。

確かにそうだと思ったのか思わないのか、
光太夫は、人の良さも相まって、
ロシア人の商人を船に乗せて、
カムチャツカ半島に渡る事にしました。

古来より、船が難破して中国や朝鮮半島、
カムチャツカ半島等に漂着した日本人がいたのは
事実のようです。
そして、当時のカムチャツカ半島の街には
現に日本語学校があったようです。
ロシア人商人は、母国ロシアに帰国したい一心で、
光太夫を必死に説得したに違いありません。

つづく